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ルンペンさんへの反論の参考文献

 投稿者:Nelu(かわふくグループ、通訳兼/SPAN>  投稿日:2004年 9月 9日(木)00時13分33秒
  「日本中世の非農業民と天皇」網野善彦著(岩波書店)
 こんな難しい本を買ってしまった。ルーマニアにも持って行ったけど、全然読まなかった。仕事で疲れるし、今日、帰ってからは視覚障害者のためのパソコン作りをしていた。

 序をなんとなく読んだが、この本は今までの水準の高い反天皇制と水準の高い親天皇制との対立、矛盾を止揚、アウフベーンするような思想が語られようとしている予感がする。
 

さらに、生長の家は反共団体である

 投稿者:ルンペン  投稿日:2004年 9月 7日(火)19時12分13秒
  あなたが、二代目が共産主義を否定はしていないというのは自由ですが、具体的にどこから引用したのかを示さなくては、根拠たりえない。

では聞くが、なぜ生長の家は、反共団体なのですか?
なぜ共産主義について否定的な主張行動をとってきたわけですか?
それは、国家主義と共産主義はあい対立するからです。
日本共産党や左翼グループが天皇制を否定してきたからです。
そもそもマルクス主義は、封建制度を認知するはずがない。

それゆえに、生長の家は共産主義を認知することちはできるはずはないのです。

あなたのいう「共産主義」とは「共同体主義」の概念ではありませんか?

生長の家が反共・国家主義だからこそ、新しい歴史教科書運動の資金源になり組織員を動員しているというわけでしょう。
 

かわふくさん、あなたはやはり回答されていない

 投稿者:ルンペン  投稿日:2004年 9月 7日(火)19時07分43秒
  谷口清超がはじめた生長の家の経典である、寒露の法雨は、天皇制を主軸にした
封建制度の復活を意図したものとなっているはずです。

それは、共産主義以前のブルジョア民主主義制度そのものも否定する主張となっています。マルクス経済学的にいえば、アジア生産様式を意図しているともいえますが、こうしたことについてあなたと同様の生長の家信者である、保守反動学者の長谷川マチコ埼玉大学教授は、マルクスのアジア的生産様式論を歪曲して、西洋と日本の違いについて主張しています。

そもそも日本には民主主義そのものがそぐわない、民主主義も社会主義もそして自由主義も西洋哲学であり、アジア的東洋思想にはそぐわないということを観念しているのが実は保守派の本心のようです。

明治維新政府の憲法草案過程でも、中心をになった井上馨などは、西洋は封建制度や王制度を打倒したのは、つまりマルクス主義的な言葉でいうと階級闘争が実際におこったのは、西洋の君主が、手前勝手であったからだといい、日本は西洋とは違い、天皇のもとでしらしめてこられたと主張して、シラス論を展開して万世一系の天皇・・・の明治憲法を作り、臣民を主張したわけです。結果は、皇民科教育と軍国主義の台頭、そして敗戦だったわけです。そしてアジア人民を虐殺したイデオロギーとなったといえるわけです。

あなたは中核派であれば、7.7自己批判はご存知でしょう?
アジア人民に対する日本帝国主義の侵略についてあなたはそもそもどう思っているのでしょうか?生長の家がすすめている新しい歴史教科書の執筆家のように、アジアを解放するための聖戦だったとでもいうのですか?

 

そうでしたか

 投稿者:理論家  投稿日:2004年 9月 5日(日)00時14分35秒
  早速教えていただき、ありがとうございました。
お手数をおかけしました。
 

手元に本が見つかりませんが

 投稿者:Nelu(かわふくグループ、通訳兼/SPAN>  投稿日:2004年 9月 4日(土)21時52分9秒
  ・・・グルグルして調べたとこによると「『日本の名著47 西田幾多郎』(上山春平編)、中央公論社、」という本で、「奥付」ということばを数年前に知ったぱかりの無教養なにんげんなので、そういうものをなんていえうかわかりませんが、下村寅太郎さんの書評?というのか、そういうものとして、この本に挟んでありました。
 どこの出版社かわかりませんが、世界の名著シリーズみたいのに「レーニン」がありました。そのなかの解説書をよみますと、・・・ううん、調べないとちょっと自信がなくなってきましたが、レーニンと西田幾多郎は同年に生まれてるとかかかれていておどろいたのですが・・・また、何度もかきますが、レーニンがソクラテスで、西田幾多郎はアリストテレスだとおもいます。・・・・この記事を前にコピペしているとき、・・・どこかのサイトで西田さんが、下村寅太郎さんのことを「あなたの考えはライプニッツ(だったかな)の考えに一番近いですねえ・・とお弟子さんをなんていうのか・・そういう言葉をかけたことがあったようです。
 

Neluさんにおたずねしたいのですが

 投稿者:理論家  投稿日:2004年 9月 4日(土)13時27分54秒
  通りすがりの者ですが、
貴兄が参照としてあげられている、「日本語と西田哲学について」は
何からの引用でしょうか?
お教えいただけると有り難いです。
 

力量、知識がないので、説得力あるレスができなくてすいません。

 投稿者:Nelu(かわふくグループ、通訳兼/SPAN>  投稿日:2004年 8月31日(火)23時37分19秒
   どこに書いてあったか探すの疲れるからやめますが、教祖?(?を付けたのは、谷口雅春さん自身む自分は教祖ではない、霊界にある生長の家の宣伝をするラッパ吹きにすぎないということもおっしはゃられていますので)の谷口雅春さんが「われら日本人として」という本たったかな・・・そのなかで、雅春先生はマルクス主義を必ずしもわたしは全面的に否定するものではない・・・・「マヌーバ」という言葉がありますが・・・・生長の家の教えは必ずしも一貫してないように思えます。

 生長の家の教えむによると、「左」=火足り=男 「右」=水極=女 というようなことを説いているわけですから、右翼=女たる生長の家は左翼=男に、最終的にはしたがわなくてはならないというのか・・・当然その教えから導き出される結論だとおもいます。

 私は、新政府(まだありません)の役人、工作員です。本業は、私の仕事のあらかたは住んだので・・・もう私のむ正体をここら辺であきらかにしてもいいと思います。

 家のニャンコのフクちゃんの掲示板にパラノイヤというひとがきています。この人は自分でパラノイヤ(人むからそう名乗るよう要請されたらしいですが)だとは自覚していないと思います。ぼくも自分はパラノイヤじゃないと思っています。自分で自分のことをパラノイヤと自覚している人(精神科の医学用語で「病識がある」とかいいますかむ)はパラノイヤではないから・・・とりあえず沢山あるご質問の一部のお答えをすることができました。
 

あなたの意見は私の質問とちぐばく

 投稿者:ルンペン  投稿日:2004年 8月27日(金)14時50分17秒
  あなたは私の質問に回答されていますか?

私は、あなたが中核派からどうして生長の家にかわられたのかを思想的におききしたいのです。
共産主義を否定する生長の家でありながら、マルクス哲学をときどきだされている不思議さをききたいのです。

あなたが精神分裂であるのは理解していますが、あなたの文集そのものも分裂しているといえます。

霊が乗り移って死んだというのは、ある意味精神病の領域でしかないと思う。

あなたは日本共産党の演説会にいき感動しつつ、反共の威信政党新風に投票するという。
それは、あなたを精神分裂患者とでしか、わたしたちを納得させることはできないと思います。
 

ルンペン様

 投稿者:Nelu(かわふくグループ、通訳兼/SPAN>  投稿日:2004年 8月26日(木)23時11分17秒
   お相手してくれてありがとうございます。無視しているのでないのです。いくつかの質問というのかあるのですが、その一つぐらいでも今日はお答えしようと思っていたのでした。
景山さんが自殺したとは知りませんでした。自宅が火事になって焼け死んだという新聞記事よみましたが、僕は悪霊に殺されたと思っていました。幸福の科学の友人がいまして、誘われまして、数ヶ月前に景山さんの講演を聴きに行きました。僕は重たい霊がついちゃっていまして、サカキバラセイトとか宮崎勤に取り憑いていたのと関係ある霊て気がします。景山さんは光だってです。しかし、僕の重力の方が強いようなきがしました。冷や汗をたらたら流しながら、講演の机に両手を真っ直ぐに着いて、両手両足、全身に重力にこうするというか闇の力にこうして、汗だくだくの講演をなされました。イスラム教の悪口か多くて、私は非常に違和感と反感を覚えました。
 

生長の家について

 投稿者:ルンペン  投稿日:2004年 8月24日(火)01時00分7秒
  まず大川氏は、雑誌「リバティ」でマルクスを地獄にいったものと罵倒し批判していますね。彼は、原理系団体に東大時代は入り、駒場寮や自治会・民青を攻撃していたといいます。大川のいうマルクス感とは、絶望・恨み・嫉妬だといいきっていて、統一教会と見解はおなじです。

霊言宗では日蓮さんのこともでてきていますが、いっていることはかなり滅茶苦茶なきがしますね。私は日蓮教学を体験していますから、大川氏のいうことはうそだとおもう。
その証拠に信徒の景山氏は自殺しましね。

あなたは日本共産党の演説会にいったといわれていましたね。赤旗をよんで正しいというが具体的にどういうことですか?
中核派は、一国社会主義・民主民族二段階革命を批判してきたわけですが。

聖教新聞はうそをペテン的にかいている場合がおおいとおもう。昔のような一貫性はもうない。

あなたは、シュタイナーと寒露の法雨のどちらが基盤なのですか?
谷口氏の理論の根底はアメリカで流行したプラグマティズムの亜流である理論をうけいれたものですね。

しかし日本書紀などを正当し天皇国家化が目的だということは現在もかわらないはず。
というのは、それが寒露の法雨にはつらぬかれているからです。

実際、生長の家の息子は反憲学連学生活動をし大学では左翼を攻撃する運動をしていますし、右派サンケイの新しい教科書運動の資金源や組織展開は生長の家がやっています。

日本の戦争問題で、右翼が認めたから評価するという短絡的なことをいった人がいましたが、問題は、では日本の帝国主義を批判できるのかというとノーです。
 

RE:つまり生長の家の本にオルグられたわけですか?

 投稿者:Nelu(かわふくグループ、通訳兼/SPAN>  投稿日:2004年 8月23日(月)20時09分45秒
  若干の反論?or コメント・・・・「幸福の科学」に大川隆法さんがたくさんの霊言集というものをだしておりまして、あれは口伝を文字にしたほんですから、案外パーと読めまして大体読んでいるみたいです。僕は大川隆法さんはヘーゲルの生まれかわりで、マルクスが仏陀の生まれ変わりだとおもっているから、(大川さんはマルクスはエピクロスの生まれ変わりだといっていますが、僕はエピクロスがニーチェだとおもっています。)そのこと以外は大川さんの霊言集はほとんど鵜呑みにしています。

 私はあるていど生長の家にオルグされていると思います。赤旗読むと、なんか赤旗が正しいように思うし、聖教新聞をよむと聖教新聞もだだしいところもあるなあと思ってしまいます。

 私が生長の家にある程度積極的に参加している理由は、僕は高橋巌さんが代表しているルドルフ・シュタイナーの思想運動を継承しようとしている日本人智学協会の人間だと本当はおもっています。 シュタイナーの思想に集う有志の集まりかせ日本人智学協会として社会にむけてなのりをあげるというときになって・・・・・シュタイナーがドイツではじめて人智学協会といえうものを作ったときシュタイナー自身は会員にならなかったのですけど・・・ぼくも?本当はシュタイナーの霊統だけど、生長の家か幸福の科学に入ろうと思いました。

 生長の家に積極的に入信した理由は、大川隆法さんがだした谷口雅春さんの4冊だかの霊言集の中で、生長の家の「神の子教育」はシュタイナーが指導霊になっていると谷口雅春さんが言っていることと、それから、谷口雅春さんは日本に生まれたことが多いようですが、プロチィノスというのはいつの時代のどこの人でしたか・・・僕の知識では、新プラトン主義を唱えた哲学者・神秘主義者というようなことしか知りませんが、おそらくシュタイナーはむプラトンだから、プロチノスである谷口雅春さんは霊統的にそのお弟子さんという関係だと思います。

 それから軍国主義云々ですが、谷口雅春先生がご存命のときは基本的にそのようなところが亜ったようですが、今、実権を握っているのが三代目、雅春先生のお孫さんの谷口雅宣先生でして、この方は、「天皇国日本」とか「古事記と日本書紀」とかなんていうのか超国家主義と結びついたり民族主義運動をあおり立てるような、谷口雅春先生現役時代の主要な本を絶版にしたりしています。なんていうか天皇のこともなるべく言わない風潮がありまして、週刊新潮に副総裁の谷口雅宣は全共闘崩れではないかとの記事もかかれたことがあります。今の生長の家は非常に左翼的です。

 副総裁先生は日本はアジアに対して侵略戦争をしたということを名言いたしました。当然永年の信者の方々から抗議の手紙が殺到したそうです。そして、容認できない人は生長の家をやめていって、よくしらんけど日本会議とか右系のに人が流れて行ったようです。
疲れたのでとりあえずアップ。
 

人間革命にかんして

 投稿者:ルンペン  投稿日:2004年 8月23日(月)01時16分14秒
  >池田泰作さんの人間革命に「レーニン禿げ」という言葉がでてきますが、レーニンがその>ヘーゲルの言った「量的問題が一定の段階で質的問題に転化する」の話を頭の毛が薄くな>るのを単に頭の毛が薄くなるのではなく一定の段階て禿げになるという話と結びつけてい>るのはユーモアなセンスではないかとおもう。中沢新一さんは「始まりのレーニン」のな>かでレーニンは本当はシュールレアリズムみたいな芸術運動みたいなことをやりたかった>のだみたいなことが書いてありました。
 >ええと、なんの話かというとねえ・・・・長くなったのでアップします


池田大作の人間革命には、共産党運動や水俣公害運動や沖縄反戦運動に参加したもの
が学会に入信する話や、うちはだいこを激しくかき鳴らしながら反戦運動をしてきた
日本山妙法寺の運動は平和運動の成果とはならない、ならば学会に決集せよというものもあります。

もっとも、イラク戦争推進内閣に学会公明党がいるということ、たいして日本山妙法が
闘いの先頭にいるということが池田大作のいう平和という意味、ペテン的言辞の意味があるといえるでしょぅか。

とはいえ、谷口氏が戦前軍国主義をかついだこと、戦後の右翼の実態をささえたことなとをかんがみるに、池田のペテンか、谷口氏の開き直りのどっちがよいかということなのでしょぅか?

ただいえることは、中核シンパだった丸山照雄日蓮宗教務部長も現在は民主党結成の呼びかけ人になったことと、今だに生長の家は自民党右派の基盤であるという事実があるだけでしょぅか。
 

つまり生長の家の本にオルグられたわけですか?

 投稿者:ルンペン  投稿日:2004年 8月22日(日)23時59分53秒
  あなたはどうも哲学「先行」という気がしますねぇ。

だから、早稲田大学東洋哲学専攻の谷口氏にあなたはひきこまれたわけですか?

まあ仔細はよくわかりませんが、谷口氏らを批判しようとして虜になったということのようですね?

それが、日蓮正宗だったならば、もっとあなたは「幸福」な宿命に転換できたと思います。

思うに、中核や革マルや日共や社民が正しいことをいおうと、結局は権力奪取するまでの
党員の人生は苦痛を伴うものであり、到底幸福ではないと私は断言します。

確かに、ブルジョア独裁とそれにもとずく権力の威圧によったとしても、
大衆の全面的な支持を本当に獲得できてきたのかといえばどうでしょぅか?
大衆の一部の熱烈な支持もあるが、一方でキャンペーンそのままの反応をされたことがうる私にとって、あなたが党派を離脱した意味について私も接近することができます。
もつとも熱心な職業革命家からすれば、結局ブル転の過程だというのでしょぅが。
私は「絶望」を味わってしまっています。


大衆に依拠する左翼党派でありつつも、大衆の広範な支援をえなければそれこそ忍従ではないでしょうか?

あなたが、どういう事情はあれ、その「現実」に生長の家がすきを与えたといえると思います。しかし、それは軍国主義でしかないというのは、私の独断と偏見でしょうか?
 

レスポンスが遅くなりましたが・・・・

 投稿者:Nelu(かわふくグループ、通訳兼/SPAN>  投稿日:2004年 8月20日(金)02時17分7秒
  ひとつの事情は八月一日ぐらいから二週間ルーマニアに行っていまして、現地で、インターネットカフェとか入ったけど、日本語の掲示板なんか文字化けしているし、日本語が書き込めなかったこと等があります。
 わたくしへの個人的質問となっておりますが、それにお答えするのが「内ゲバ廃絶・社会運動研究会 掲示板」の趣旨をいつだつしているのかいないのか判断できませんが、・・・・昨日から考えているんですが、きちっとお答えしようとすれば沢山のことを書かないとならないと思いますし、それはまたわたしのなかで整理されておりません。
 それ以前に関わりはあったのですが、豊橋の精文館書店で谷口雅春さんの「青年の書」?だったかなたまたま立ち読みしまして、私は左翼だからねえ、内容に非常な反感を持ちましたが、同時にちょっくらちょいと批判できるような代物ではないとう感想を持ちました。
 それは何年前の話かわかりませんが、それから、私は仕事の関係で毎日豊橋から豊田の方面に納品の仕事をするようになりまして、その途中に、生長の家の岡崎道場というものがあるものですから、そこの道場にときどき行っては、生長の家の基本文献(聖典)である「生命の実相」を一冊ずつ買っては読んでいました。40巻いっぺんに買えたけど、なんでそんなことしたかというと、時々寄っては内情をスパイしてやろうとしたからです。
 レスポンスがあんまり遅くなると無視しているとおもわれるといけないので、とりあえず序の口を書きましたが、わたくしとしてはいわゆるルーマニア問題というものも革命運動の一環として個人的には位置づけておりまして、頭が悪いので、いくつかの仕事を同時にできないので、こちらの方にとりあえず優先したいと思っていますので、余裕ができたら続きを書かせていただきます。
 わたしと生長の家との関わりなどは、http://www.asahi-net.or.jp/~TF2Y-KWI/aish4b.htm
 とか
http://www.asahi-net.or.jp/~TF2Y-KWI/seichounoie.htm
とか
http://www.asahi-net.or.jp/~TF2Y-KWI/seichounoie1.htm
とか参照してくれれば嬉しいです。
 

生長の家ってのは軍国主義右翼だろ?

 投稿者:ルンペン  投稿日:2004年 8月10日(火)04時34分0秒
  生長の家の教義は「神性人間観」「日本国実相顕現」の2つを根底とする。

「神性人間観」は、人間は全て神の子であり且つ善であると言う「善一元」の考えであり、実相──人間本来の姿は無限の生命・無限の愛・無限の知恵を持つ永久不滅の存在であると言う人間観である。その実相の顕現として天皇制を捉えるのが「日本国実相顕現」であり、これが教団の一連の右翼的な言動の背景となっている。

???こういう思想を持つ右翼団体にどうして最左派の中核派活動家が入信していったのでしょぅか?
 

かわふくさんはどうして中核をやめて生長の家になったのですか?

 投稿者:ルンペン  投稿日:2004年 8月 8日(日)01時16分59秒
  かわふくのにゃんこさんは、どうして中核から生長の家になったの?

極左から極右になった経緯は何?

哲学の違いですか?
 

あまり乗り気になりません

 投稿者:まっぺん  投稿日:2004年 7月13日(火)16時33分28秒
  内ゲバ研究会参加者のほとんどは左翼運動に何らかの関わりをもってきた人たちです。全員が同じ意識であるとは思いませんが、ぼくの個人的事情をいえば、過去に自分が関わってきた左翼運動を全体的に眺めれば、各セクト間の内ゲバを重大な理由のひとつとして、大衆運動が後退してきた現実を見てきました。それはセクトを衰亡させていっただけではなく、学生運動、労働運動、地域住民運動など、あらゆる民衆の自立的運動を巻き添えにし破壊し没落させていきました。その影響はいまだに尾を引き、日本左翼運動は世界の運動と比較しても立ち遅れています。ぼくは左翼運動の再生を目的として内ゲバ研究に参加しています。研究の成り行きによっては右翼組織に言及することはあるかも知れませんが、社会の健全で民主的な発展のためには「左翼運動の厚生こそ必要」と思っている僕にとっては殊更右翼の内ゲバを研究する事には何の意味も価値も見いだせません。

「右翼」といってもいろいろな思想があり十把一からげで破棄するべきではなく、そこから汲み取るものもあるかも知れません。また人間的に見れば右翼の中にも人格者はいるし左翼にも愚劣な人間はたくさんいます。しかし、基本的に右翼の理想は国家主義思想にあり、左翼の理想(現実はかなり悲観的ですが)は本来民主主義にあります。前者は「国家」(あるいは何らかの超越的絶対意志)を主体とし後者は人民の共和主義的合議体を主体とする、かなり決定的な差異をそこに見ることができます。後者のような政体にとって内ゲバは何の利益にもなりません。むしろ内ゲバは合議的政体の基盤を破壊する事により、それを執行する主体に打撃となって跳ね返ってくるでしょう。しかし前者のような「絶対意志」の追及者にとっては、内ゲバは権力獲得のための手段として有効なのではないでしょうか? したがって僕は右翼団体に向かって「内ゲバをやめて仲良くしようよ」などとは決して言わないと思います。
 

新右翼の内ゲバもとりあげたらどうでしょうか

 投稿者:通りかかり者  投稿日:2004年 7月13日(火)14時22分8秒
  はじめまして。内ゲバといえば、新左翼だけでなく、新左翼のパクリばかりやっている、新右翼も内ゲバで統一義勇軍はつぶれてしまったそうですが。どうでしょうか。ではまた。  

参照

 投稿者:Nelu(かわふくグループ、通訳兼/SPAN>  投稿日:2004年 7月12日(月)06時39分56秒
  日本語と西田哲学について<1> 投稿者:下村寅太郎  投稿日: 4月24日(土)22時16分24秒

http://www.asahi-net.or.jp/~TF2Y-KWI/kawafukupagerogu2004z4z15y4z30.htm

 

パラノイヤ=共同戦線さんへ<3>

 投稿者:Nelu(かわふくグループ、通訳兼/SPAN>  投稿日:2004年 7月11日(日)22時33分53秒
   I 論文の対象


 ギリシア哲学には、すぐれた悲劇にはおこってはならないこと、すなわち生彩のない結末が(*)、おこっているようにみえる。ギリシア哲学史上でマケドニアのアレクサンドロスとも称されるアリストテレスとともに(**)、ギリシアにおける客観的な哲学史は終わり、男らしくて力強いストア派の人々でさえも、スパルタ人が彼らの神殿で成功したこと、つまりアテナ(***)〔ミネルヴァ、学芸を司る女神とみられていた〕がそこから逃げだせないようにこの女神をヘラクレス〔スバルタ人によって祖先とみなされた〕にしっかりと繋いでおくことには、成功していないようにみえる(****)。
  *「結末」のあと「脈絡のない終末」がマルクスよって消されている。
  **マルクスによって nach (にしたがって)から mit(ともに)に
   訂正。
  *** マルクスによって「ミネルヴァ」から改められている。
  **** 「ギリシアにおける客観的な哲学史は:・・:ようにみえる」は、
   もとは、「ミネルヴァのふくろうの翼はあがらないようにみえる、そ
   して、男らしくて力強いストア派の人々さえも、……成功しなかり
   たようにみえる」とある。

 エピクロス派、ストア派、および懐疑派は、その強力な諸前提(*)とはなんらの関係ももたない、ほとんど不似合の補足とみなされる。エピクロス派の哲学はデモクリトスの自然学とキュレネ派の道徳論との折衷的な混成であり、ストア主義はヘラクレイトスの自然思弁とキュニコス的―倫理的な世界観、なおいくらかはアリストテレスの論理学との結合であり、最後に懐疑論はこれらの独断論に反対しておこった必要悪である、とされている。人々は、これらの哲学をただ一面的で偏頗な折衷主義とすることによって、このように無意識的にアレクサンドレイアの哲学と結びつけている。そのあげく、アレクサンドレイアの哲学はまったくの夢想と錯乱――せいぜいのところ意図の普遍性しか認
められえないような紛糾lとみなされている。
  * マルクスによって「諸前件」から訂正。
 さて、たしかにごくありふれた真理であるが(*)、生起、隆盛、消滅は、およそ人間的なものはなんであれそのなかに封じこまれ、そこを通りぬけなければならないところの、青銅 の圈である。それゆえ、ギリシア哲学がアリストテレスにおいて最高の盛期に達したのちに凋落したとしても、なんら驚くことはないだろう。しかし、英雄の死は落日に似て いるのであって、膨れあがった蛙の破裂には似ていない。
   *「たしかにごくありふれた真理であるが」はマルクスによって「拒否できないことであるが」から訂正されている。


 ええと、今ぼくが引用そさせてもらったところから、ぼくはどういう感想をもったかというと・・・・ヘーゲルが悲劇の定義みたいのしていて、マルクス、パリブルーメル18日間というほんで、違うかもしれないけど、「歴史というのは一度は悲劇として起こって、二度目は喜劇としておこるのだ・・・それをヘーゲルは忘れていたと、言い逃してしまっている。」みたいなことを言っています。何十年か前に、マイネッケとかいう人の薄手の文庫ぼんで「ドイツの悲劇」という題の「精神史」みたいなむ副題がついていましたな。僕は、力量的にも人格的にもエンゲルスに少し似た感じの人だとおもいました。ちょっと思い出すのは労働階級というか粗野な文化的ものしか享受しないひとと、中産階級のまあ良質?の文化を享受するひとたちとの利害の調整、異質な文化の融合を計ろうとして、うまく行きかけていたけど、それをヒトラーに云々というような・・・ことだったかなあ


 マルクスの「「デモクリトスの自然哲学とエピクロス自然哲学との一般的差異」」で
「ギリシア哲学には、すぐれた悲劇にはおこってはならないこと、すなわち生彩のない結末が(*)、おこっているようにみえる。」というのがドイツですぐれてた悲劇?になったのかね。

 アトランティスの正魔術師、トートのエメラルド・タブレットによれば宇宙の歴史は、光と闇の永遠の戦いだといっています。
 大川隆法さんによれば西田幾多郎はアリストテレスだそうです。私信じます。大川さんは仏陀ではなくてヘーゲルですけど・・・・・なんで西田幾多郎が最晩年の宗教哲学論文が「場所的論理と宗教的世界観」です。むなんで西田さんが場所的論理を発明させられたかというとむ、日本は、光と闇が出会う場所だからと思います。

 

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